B&C

「ハル……?」
 先刻からずっと僕を呼ぶ声がある。
 心配そうな囁きが耳に心地好い。
 良く響く一本芯の通った声音。
 その声が僕の名を囁くのだ。
 徐々に覚醒していく意識。
「目を開けてくれ、ハル」
 ふわりと泳ぐ身体。
 抱き起こされたのだと解るまで、数秒。
 自分で自分を支えられず、かくっと仰のく首。全く力が入らない。
 楽なように肩に凭れかけさせてくれるスネーク。
 その指が躊躇いがちに前髪を梳いていく。
『ああ、意識を失っていたのか……』
 僕はゆっくりと瞳を開いた。
 心配そうに覗き込んでいるスネークと視線が合う。
「……大丈夫だよ、そんな顔しなくても」
 あんまりにも不安そうな顔をしているのがおかしくて、僕はちょっと微笑んだ。
「だが、なぁ……」
「同罪。だろう?」
「そうかも知れんが――」
 手を伸べ、頬に触れる。
 言い訳なんてしなくていい。
 君だけのせいじゃない。
 それに僕は厭じゃなかった。


 厭などころか。
 僕は君に溺れた。
 君の手、君の吐息、君の齎す全てに、僕は耽溺した。
 だから、同罪。


 そのまま仰け反るようにして唇を寄せれば、トレードマークとなった感のある
無精髭がちくちくと頬を刺した。
「そろそろ髭剃ったら?」
「これでいいんだ」
「邪魔なんだけどなあ?」
「………………む」
 一頻り笑い合い、戯れ合う。
 他愛もない時間。
 それ故に、何物にも変えがたいひととき。
 戦いと苦しみと、時には憎しみすら被りながら、それでも僕達には立ち止まる
事は許されていない。
 一瞬一瞬が、まるで生と死の狭間で振り子のように揺れている。
 それが《死》の方向に振り切れる事のないよう、僕も全霊を籠めて戦い続ける。
 そして、時たま訪れる嘘のように静かな日々。
 その束の間の平穏だけが、僕達に許される最大の恩恵
 勿論、長くは続かない。
 だからこそ。
 今だけだと知っているからこその、この想い。
 解っている。解っているのだ――僕も、スネークも。
 酷くもどかしい思い。
 陳腐な表現だが、互いを隔てるこの《身体》という器が呪わしい。
 もっと傍へ、もっと深く、もっと――共に。
 互いの境が消え失せるまで。


 ふと、視線を巡らせれば。
 外の闇をスクリーンにして、窓一杯に映る自分の姿――と、背後から僕を抱き
しめるスネークの逞しい腕。
 硝子の映像越しに笑みを交わして。
 それから、もう一度だけ。
 君と一緒に。


 僕を君で満たしてくれ。
 君の生命を感じさせてくれ。
 孰れ確実に来る、その時まで。
 君の《姿》を覚えていたいから。


 大丈夫。
 まだ、君は、ここにいる。




「吹雪いてきたな……」
「……そうだね」
 息も整わぬままの、熱く火照った身体。
「雪掻きしなくていいのは助かるな……」
「……あはは」
 だが、離れがたい思いは同じだったと見え、スネークは僕を抱いたままじっと
していた。
「そういえば……Happy New Year」
 夜光塗料で煌めく文字盤を見れば、とっくに日付が変わっている。
 新年になった瞬間に言うつもりだったのに、失敗してしまった。
「ああ、今年も宜しく頼む」
「任せといてくれよ」
 降り頻る雪は益々激しさを増していたが、僕の心は温かかった。
 君が傍にいる。
 それだけで、こんなにも……全てが愛しい。


 君に逢えて、良かった――





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