Alles Brennt


 燃える、全てが燃え尽きていく。


 腕の中から零れ落ちていくあえかな輝きを少しでも長く留めようと、闇の中
既に力を失って久しいそれを抱き締める。虚しい踠きと知りながら、それでも
諦める事などできなかった。
 ――たとえ、終焉がすぐそこまできているのだとしても。


 そこは訳も解らず抛り込まれた異界の地であった。赤黒い闇が蟠り、生命の
喜びは見えず、呼吸すらも穢れに飲まれていく、そういう地であった。
 共にいた者は、ある者ははぐれ、ある者は何者かに斃されていった。
 今は二人、ただ二人きり。
 道行きのその果ては杳として知れず、真に戻れる手立てがあるのかすら判然
としない。立ち止まる事を許さないその気配だけが、前進への原動力であった。
 ひたひたと追い縋るの気配が、またを総毛立たせる。ひとときたりとも
休む事はできない。足を止める事は全ての終わりを意味していた。


 それは音もなく、色もなく、熱もなく――しかし全てを刈り取っていく力。
 不幸にも触れてしまった者が、一瞬にして物言わぬに変容したのを二人は
見た。いともあっさりと失われたそれ。
 心の裡では助けたかった。皆、大事だった。
 だが、如何ともし難い力の差がそこにはあった。悪霊の力はまるで通じず、
触れれば絶対の沈黙があるのみ。


 もしも己が斃れてしまえば、一体彼はどうなるのか――勁く知略に富んでは
いるものの、全くの無力な彼は。戦いを撰ぶ事はできなかった。
 腕の中、微かに瞬く瞳を見詰める。未だ諦めを宿さぬその光を。


 もし自分が共にいけなくなれば、恐らく悪霊だけならどうとでもなるだろう。
灰色の脳細胞は冷然と計算を弾き出す。けれど、こう見えて情に篤い彼の事だ、
例え存在を引き換えにしても諦めはしないだろう――最期まで。
 闇の中、消えぬ翠碧の光を眼に宿す悪霊へ頷く。
 結局、二人は抵抗ではなく転進を選んだ――お互いのために。


 唐突に終わりを迎えた路。
 燃える水が行く手を阻む。
 全てが妖しく赫いていた。


 見霽かす先まで揺らめく陽炎が、絶望に歪む。
 振り返れば、辿ってきた道は既に失われていた。
 ここへ辿り着くまでに、二人共消耗し過ぎていた。
〝ざまぁネェな……上級悪霊の俺様ともあろう者が〟
 返答はない。
 腕の中、幽かな呼吸を聴く――聞こえぬそれを聴くために抱き締める。


 明けぬ夜はなかった筈だった。
 昇らぬ陽もあり得ない筈だった。
 二度と開かぬ瞳を想う。
 護りたかった。少年に命じられたからではなく、己の意志で、何を置いても。
 神と同義の己がいれば、失うものなどなかった筈だった。


 振り払えぬ水の焰がじわじわと、己を形作る霊素を犯していく。
 腕の中の相棒を護ろうとするも、その腕さえ脆く崩れ隙間を炎が埋めてゆく。


 神はいない。
 祈りも願いも全ては灰燼に帰した。
〝神よ、どうせ救えないなら、もう俺の邪魔をしないでくれ〟
 悪霊の慨歎が炎の平原へどこまでも響いていく――







《目次》
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